2021年全日本ロードレース開幕戦は、裕紀にとって忘れられないレースになった。ピットスタートから圧倒的な速さで優勝を飾ったからだ。
昨年、ST1000クラス初代チャンピオンに輝いた裕紀。2021年シーズンは、EWC世界耐久選手権にフル参戦しながら、全日本ST1000クラスにゼッケン1をつけて戦うことになった。現状で3戦スケジュールが重なっており、タイトル防衛は、難しい状況となっているが、可能性がないわけではない。4月に予定されていたル・マン24時間耐久は、フランスがロックダウンに入ったため延期が決定。日本も人ごとではないが、コロナ禍のため流動的なところだ。
裕紀は、3月の2週目に行われたル・マンテストに参加したため、2週間の自主隔離期間があり、全日本公開テストは走ることができなかった。そのためチームは、レース前週の週末にあったスポーツ走行で裕紀を走らせ、全日本ST1000仕様のCBR1000RR-Rに慣れる作業を行った。乗り換えがうまく行くようにシートやハンドル、ステップなどのポジションもEWC車に合わせたものを用意。チームの心配を余所に、一般のライダーも走っている中、裕紀は好タイムをマークしていた。
通常より1日早く木曜日から始まったレースウイーク。1分49秒台も見えて来たかと思っていたが、なかなかタイムを詰められずに初日は3番手、2日目はトップにつけるものの目標タイムには、届かずにいた。公式予選でも1分50秒070と僅かに1分50秒を切ることはできず2番手と悔しい結果となっていた。
決勝で1分49秒台を目指そうと、決勝朝のウォームアップ走行でもマシンセットを進めていたが、セッションが終わる頃にマシントラブルが発生する。まずマフラーが原因かと思われたが、マフラーを変えても直らず、エンジンを載せ換えることになり、ピットスタートのペナルティを受けることになる。
日曜日の天気予報は下り坂で、ちょうどST1000のレース辺りから降り出す可能性が高かった。ST600クラスのレース中にパラパラと降っていた雨は、ST600のレースが終わった辺りから強く降り出して来る。
この雨のため、ST1000クラスのレースはウエット宣言が出され、2周減算の12周で争われることになる。ただでさえ周回数の短いST1000クラスが、さらに短くなったことは、少しでも追い上げたい裕紀には、厳しいレースになることが予想された。
チームは、雨雲レーダーで確認し、雨は、これ以上強くなることはなく、途中で止むと判断。半数以上がレインタイヤをチョイスする中、スリックタイヤで臨むことを決めた。裕紀としても、今シーズンは全戦参加できないため、とにかく勝つ可能性がある方にかけることを選んでいた。
雨が降り続く中、レースが始まる。ピットスタートの裕紀は、1コーナーでは、早くも最後尾のライダーに追いつき、濡れた路面の中を細心の注意を払いながら追い上げて行く。オープニングラップを26番手で戻って来ると、2周目に19番手、3周目に13番手とみるみるうちにポジションアップ。このとき裕紀は、まだまだトップが見えない、と追い上げながら長く感じたと言う。まるで昨年の最終戦でライドスルーペナルティ後に追い上げたときと同じような感覚だった。
4周目辺りには雨は止み、路面は急激に乾いて行った。裕紀は、リスクのある中、スリックタイヤで誰よりも速く周回し、5周目に3番手に上がると、8周目に入って行くホームストレートでついにトップを奪う。その勢いのまま一気に2番手以下を引き離し独走態勢を築いて行く。そのまま12周を走り切りトップでゴール!
ピットスタートから劇的な勝利を飾ったのだった。
高橋裕紀「本当にすべてが、うまく噛み合って初めてピットスタートから優勝することができました。エンジンを載せ換えたとは思えないほどいい状態のバイクを用意してくれたチームを始め、応援してくださった全ての皆さんに感謝いたします。レースウイークに入ってから、すぐに1分49秒台が見えて来るかと思いましたが、全然うまく行かず、周りは速かったので厳しいレースになりそうだと思っていました。予選も悔しい結果に終わったので、決勝で1分49秒台でまわれるような車体作りをしようと、決勝朝のウォームアップでも試していたところにエンジントラブル。さらに決勝は、荒れた天気になりました。結果的に天気が味方してくれました。多くの方がよろこんでくれましたし、すごくうれしい優勝になりました。応援ありがとうございました」